幻想的な日々。はまだ我の手にない。

演劇とテレビと音楽。お笑いと小説と映画。そして幻想的な日々はまだ我の手にない。 でもあなたのことを想ったり。あなたの幸せを願ったり。詩を書くのも好き。ほんとはもっと明るく楽しい人生を送りたいだけなのに。。。難しいです。男の子でも女の子でもそんな年頃なのかもしれません。

『哲也 -雀聖と呼ばれた男ー』(原案:さいふうめい/漫画:星野泰視)

 

 

昔、週刊少年マガジンで連載されていた麻雀マンガ。

 

かなり前から、一度、全部、読み切りたいなと思っていて

何度かチャレンジしては、挫折していたのですが、

遂に、マンガアプリ(マガポケ)ではありますが、最終話まで読み切りました!!

 

何度かチャレンジ・・・

最初の出会いは、週刊少年マガジンに連載してた頃ですかね。

その後の出会いは、10年以上前に、インターネットカフェで読み切ろうとした頃にさかのぼると思います。

 

覚えていたのは、ヒロポン打ちながら廃人化した印南さんの姿。

結構、終盤かと思っていたら、序盤も序盤、入り口の話でしたw

 

そのため、中盤以降は、ほぼほぼ初見の話。

麻雀ビルの店長が、朝日をバックにするシーンは、なぜか覚えていたのですが

自分の脳内記憶の内容がすり替わっていて、それが印南さんかと思ってましたw

 

 

この作品、主人公である阿佐田哲也さんの著書『麻雀放浪記』を参考にしているのは知っていましたが、

実は漫画の中で、主人公:哲也が小説家になる夢を持っていて、

最終話では小説家になる(つまりは『麻雀放浪記』を執筆している?)って結末は

わかっていませんでした。

 

ただの麻雀バトル漫画ではなかったのかぁ...

 

特に、ライバルであるドサ健に負けて、2回目の放浪旅の途中、

知覧で特攻隊の生き残りの方と勝負をするシーン以降、

ナルコレプシー(※急に何の前兆もなく強烈な睡魔に襲われる病気)を患い、

ドサ健と最終決戦をする件まで

やたらとエモいシーンが続いて、

この漫画の本質は、物語終盤にあるんだな。と今回、初めて知りました。

 

そして、実際の阿佐田哲也氏もナルコレプシーを患っていたそうです。

 

これはエモい。

 

 

そして、もう一つ特筆すべきは、この作品の時代背景が太平洋戦争終戦直後だということ。

もちろん、私も終戦後何十年もしてから生まれたので、終戦直後の社会情勢はわかりませんが、

結構、その混沌とした時代を、緻密に描いているのではないかな。と思われました。

 

混沌の中を生きていく強さ。

癒しきれない傷からの復興。

 

テーマは麻雀で、いかさまもあるし、賭博法にもひっかかりますが、

実は、結構、いい漫画じゃなかったのかな。と思います。

 

このタイミングで、私は読めてよかったです。

マガポケに感謝ですw

 

「勝負の世界でしか生きられない人々がいる‥

 人は彼らを勝負師(ギャンブラー)と呼ぶ‥‥」

 

かしこ。